
2004年に建築界最高といわれる賞「プリツカー賞」を受賞した建築家のザハハディドさんの訃報が届きました。
ここで気になる「プリツカー賞」とはどのようなものか?また、ザハハディドさんの経歴等について調査してみます。
ザハハディドさんの死因とは?
ザハハディドさんの病名については「気管支炎」ということで、治療のためアメリカ・フロリダ州マイアミにある病院に入院中のところ心臓発作を発症して亡くなったと報じられています。
ザハハディドさんプロフィール
ザハ・ハディド(Zaha Hadid)、
1950年10月31日生まれでイラク・バグダッド出身の女性建築家。
オランダ人建築家のレム・コールハースの会社で働き始め、1980年に「ザハ・ハディッド・アーキテクツ」を立ち上げ独立。
建築かになろうかなと考えたのはイラク南部のシュメール文明遺跡を訪れたときだそうです。
多くの偉人たちは幼少のころから美しい景色や壮観な建物を見ることで感性が育っていると言われていますが、ザハさんも同じような環境にあったと言えます。
ザハさんの設計図はBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)と呼ばれる建築方法により、今までにはなかった曲線を多く取り入れた建築物をデザインしてきたが、デザイン上は抜群に優れているが実現が困難な建築物が多かったため「アンビルト」(実際には建築できない)の女王と呼ばれていました。
近年では建築できるようになってきておりようやく時代が彼女に追いついてきたようです。
プリツカー賞とは?
プリツカー賞 (The Pritzker Architecture Prize)
1979年に設立され「建築を通じて人類や環境に一貫した意義深い貢献」という功績のある建築家に対して贈られる。
アメリカのホテルチェーン「ハイアットホテルアンドリゾーツ」オーナーであるプリツカー一族が運営するハイアット財団から建築家に対して授与されるもので、建築界を代表する「RIBAゴールドメダル」(王立英国建築家協会)「AIAゴールドメダル」(アメリカ建築家協会)に並ぶ権威ある賞で「建築界のノーベル賞」と言われています。
ザハハディドさんは「RIBAゴールドメダル」「プリツカー賞」という権威ある賞を2つも受賞している偉大な建築家でした。
代表作品と受賞歴
名だたる賞を総なめにしてきたザハハディドさんの作品と受賞歴はこのようになっています。
【代表作】
・ムーン・スーン(日本)
・ヴィトラ社工場・消防ステーション(ドイツ)
・ローゼンタール現代美術センター(アメリカ)

・ベルクイーゼルシャンツェ(オーストリア)
・ロンドンオリンピック水泳会場のアクアティクス・センター(イギリス)
・ファエノ科学センター(ドイツ)

・BMWセンター(ドイツ)
・オードロップゴー美術館増築部分(デンマーク)
・サラゴサ国際博覧会ブリッジ・パヴィリオン(スペイン)
・ニール・バレット青山店(日本)
・国立21世紀美術館(イタリア)・・・RIBAスターリング賞受章(1回目)
・広州大劇場(中国)
・エヴリン・グレース・アカデミー(イギリス)・・・ RIBAスターリング賞受章(2回目)
・リバーサイド博物館(イギリス)
・ヘイダル・アリエフ文化センター(アゼルバイジャン)
・新国立競技場(日本)(建築費等の都合により不採用)

(出典:Yahoo画像)
【受賞歴】
2004年の「プリツカー賞」を皮切りに「 高松宮殿下記念世界文化賞」「RIBAスターリング賞」「RIBAゴールドメダル」という名だたる賞を受賞。
2012年にはイギリス王室から「大英帝国勲章 デイム・コマンダー (DBE)」の称号も与えられています。
まとめ
2020年東京五輪の新国立競技場設計に関するニュースで一躍注目を集めたザハハディドさん。
当初のイメージはあまり良くなかったかもしれませんが、経歴等をみると「あくまで建築デザイナーであり金銭面までは考慮しない」や「隈研吾さんの新国立競技場新デザインが自分のものと似ている」という新国立競技場設計での主張もわかる気がします。
根っからの天才肌アーティストだったんですね。
今回65歳という年齢で逝去されましたが、彼女は建築物と偉大な功績を残しました。
改めてご冥福をお祈りいたします。



































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